先輩にヒントをもらって2010年飛躍の年に 今、伝えたいこと special
Question あなたの仕事の悩みは?/Question 憧れの30代・40代ってどんな人? Interview01 オフィス鶴羽 代表取締役 鶴羽佳子さん
Interview02 日糧製パン マーケティング室係長 蔭山朋子さん Interview03 パルコ 札幌店営業課 課長 野口香苗さん
Interview02
20代でやっておいて良かったこと
とにかくたくさんの人に出会ってよく飲み、よく遊んだこと。友達、上司、同僚、取引先の人達からいろんなことを教えてもらいました。
30代でやっておいて良かったこと
結婚と出産。仕事をしながらというのは大変な時期もあったけど、20代の時とは違う、新しい視点を持つことができました。
協議中
スタッフと人気商品「ラブラブ サンド」についての施策を協議。春に登場する新作は…まだ秘密
PROFILE:1969年生まれ。神奈川県出身。9歳の男の子のママ。40代に突入し、人生のテーマはズバリ“遊び”。友達との海外旅行など、プライベートを充実させ、自分時間を楽しむことを目標に掲げている。趣味はスポーツ観戦。
”適当”に割り切ることも大切。
どんな人生を選ぶかは自分次第だから
日糧製パン マーケティング室係長蔭山朋子さん
日糧製パン マーケティング室係長 蔭山朋子さん
 蔭山朋子さんは、日糧製 パンのマーケティング室で「いつも安心できるおいしさと信頼感で人と環境にやさしい企業」という理念のもと、食べる楽しさを伝えるべく、商品やブランド戦略における施策を担当。環境分析や市場調査のデータから、トレンドや消費者のニーズに合った商品作りとその宣伝方法を見出し、実際に具現化する仕事をしています。たくさんの商品を展開する同社では、常に複数の施策が同時に進行している状態だといいます。
 東京本部に入社し、20代は営業一筋だった蔭山さん。29歳の時、マーケティングのプロジェクトチームに異動したものの、そのときはその手法や戦略に関する知識もまったくなく、連日12時近くまで働きづめ。「まるで転職したような気分だった」と語ります。「でも私、基本的には何事も”なんとかなるさ“気質なんです。大変だったけど、新しいことを1から覚えていく新鮮さのほうが勝っていました」と振り返ります。
 が、その矢先、日糧製パンが本州から完全に撤退することが決まり、退職か札幌勤務かの選択を迫られます。同僚たちの多くが退職していく中、「私はこの時期に、結婚したんです。そんな勢いも手伝って、周りが思うほど深刻に考えることがなく、転勤気分で札幌まで来ちゃいました」。
25歳の頃 マーケティングの仕事を継続しながら順調にキャリアを積んだ蔭山さんでしたが、その後、出産。これが人生最大のターニングポイントに。「互いの実家が遠く離れている以上、両親を頼ることはできません。これまでのように夜遅くまで仕事をして…というスタイルはもう無理と割り切る以外にありませんでした。それからは”仕事は適当に“が私のモットー」。もちろん「適当」とは、いい加減にという意味ではなく、相応しく、適切にという意味。
 「女性はいろんな選択肢がある分、悩むことも多いけれど、どんな人生を選ぶかは自分次第。誰のせいでもないんですよ。だから、子どもを産むことを選んだ私は、限られた時間の中で、目の前にある仕事を必死でやる。そうすればちゃんと認めてくれる人はいますから」。その思いは、幾度となく蔭山さんが口にする、会社、上司、家族への感謝の言葉につながります。「なんでもひとりで完ぺきにはできないから、やっぱり最後は人。財産よ」と、きっぱり締めくくってくれました。
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Interview03
20代でやっておいて良かったこと
本や音楽、映画、アートなどカルチャー面で多くのものに触れ、できる限り情報収集したこと。その知識が今、生きていると思います。
30代でやっておいて良かったこと
転勤を経験したこと。名古屋に行くことが決まった時は戸惑いもありましたが、学ぶことも多く、他の土地で暮らす楽しみも知りました。
担当のテナントの様子
担当のテナントの様子を見に行くのも仕事。「普通に買い物をしてしまうこともよくあります(笑)」
PROFILE:1971年生まれ、茨城県出身。短大卒業後、パルコに入社し、調布パルコ営業課に配属。その後、本社販売促進部、津田沼パルコ、名古屋店などを経て札幌店に。趣味は食べ歩き。北海道に来てからは各地の祭り巡りも。
何事もチャレンジ!
立場が変わると、見える景色が変わります
パルコ 札幌店 営業課 課長野口香苗さん
パルコ 札幌店営業課 課長 野口香苗さん
 「パルコ札幌店」営業課に勤務する野口香苗さん。同社の経営理念「訪れる人を楽しませ、テナントを成功に導く、先見的、独創的、かつホスピタリティあふれる商業空間の創造」のもと、営業課長としてテナントの改装(入れ替え)や、広告宣伝などを手掛けています。
 最初に配属された調布パルコでは、館内で行うイベント制作を中心に担当。「サブカルチャーやアートがもともと好きで、そんな趣味も生かせる仕事。好きにやらせてもらいました」。
 その後も、本社販売促進部、津田沼パルコ、本社宣伝局などで宣伝やイベントを担当し、32歳で自身にとって初の地方店・名古屋に転勤。この時、宣伝部隊のリーダーを経験しました。「後輩の育成は苦手で、自分にできるか心配でした。でもチームとしてうまく機能しているのを実感した時、やりがいを感じ、楽しくなった。新しいポストを与えられ尻込みすることがあるけど、それはチャンス。私も挑戦して見える景色が変わりました。一担当者として働いている時より、ふかんして見られるようになりました」。
22歳の頃 好きな言葉は「チャレンジ」。「経験のないこと、難しいと思うこと、何でもやってみようと思って」。そう語る姿はイキイキとして、常に高いモチベーションで仕事をしているように見えます。「モチベーションが下がることはないですか?」と尋ねると、「そんな時はプライベートを充実させるのがいい」との答えが。仕事に慣れ、日常に飽きてきた時に挑戦したのが、いつかやりたいと思っていたバンド活動。メンバーを集め、一からギターを習い、半年後にライブをするという無謀とも思える目標まで設定。活動を始めて半年で札幌に異動することが決まったので、その前にライブを行いました。当日は缶バッジも作って販売。5曲演奏し、ライブも大成功。「その時に思ったんです。練習日の決定、ライブまでのテンションの上げ方、お客さんをどう楽しませるか…今までの仕事がすべて役立ってると。大人だからこそ、仕事も遊びも本気でできるんです」。
 今年は、札幌パルコが35周年を迎えます。「北海道で活躍するさまざまなジャンルの方とコラボレーションしたいと思っています。これから忙しくなります」と話す横顔は楽しそうでした。

[情報掲載日:2010.1/13]
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