震災から3年。東北旅レポート


気仙沼~陸前高田へ。東北への旅

キャプション:気仙沼港の朝の様子。海に光が輝いていました

震災から3年。気仙沼と陸前高田を巡りました

リアス・アーク美術館。どこまでもガレキで覆い尽くされた大地の写真

陸前高田市の「奇跡の一本松

東北新幹線で仙台を経由し一ノ関へ。一ノ関からJR大船渡線で気仙沼に到着。
ここから先、陸前高田方面大船渡線は、電車は走っていない。
震災で駅、線路が倒壊。今は電車の代わりに、バスが市民の足となっている。

一日目。宮城県気仙沼市を回る。
最初に、駅前でいわしボールのラーメンを食す。地元のお母さん手造りの味で、心までほっこり。
その後、リアス・アーク美術館へ。ここでは、学芸員が中心となって、震災と向き合い2年間調査を続け、撮影した写真や、収集した被災物を展示していた。写真には、震災直後のガレキで埋もれた街の写真が並び、胸がしめつけられると同時に、その時感じた記憶を忘れまいと心に誓う。どれも写真は美しすぎるほど芸術的でもあって…それがさらに心をとらえて離さない。写真から目を離せば、床には漂流物の数々が、使っていた人の言葉を添えて置かれてある。ひとつひとつから、震災前の生活が浮き彫りになる。ここに家族がいて、人生があった。当たり前だけど、とても大切なことに感じられる。

その後、被災者を受け入れたというホテルへ宿泊。1日目に出会った気仙沼の人たちは、震災の爪痕が残る中、みんな優しくて。そしてこんなこと思っちゃいけないのかもしれないけど、何より、気仙沼の海が美しかった。

二日目。バスで岩手県陸前高田市へ。
陸前高田の光景は一生忘れられない。海から高台まで何もなくなっていた。3年は、まだ3年。傷跡は生々しく残り、海の近くには人はいなかった。案内所の方に「奇跡の一本松」への行き方を聞いたとき「タクシーは絶対に待たせておくこと。地震が起きたとき、自分の命を守る術を身につけられない人には奇跡は起きない」と言われた。ハッとして、自分が震災から学んでいないことを知った。地元の人にとっては、悲しい記憶であり二度と繰り返したくない記憶。そして、タクシーを待たせて、一本松を見た。ここには、たくさんの松があったけど、奇跡的に一本だけ残ったそう。心なしか寂しそうに見えた一本松。
その後、高地にある仮設の商店街へ。そこでやっと人々の活気に出会うことができた。

*   *   *   *   *   *   *

3月11日で、東日本大震災から丸3年が経ちます。
私は、東北を旅してみて、自分の中で眠っていた気持ちを思い出しました。
と、同時に東北の人に出会って、たくさんおいしいものも食べ、また訪れたい!という気持ちに。
みなさんは、3月11日の記憶をどう生きていますか?

(編集部T)


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